ギスギスした社会



温かみのない社会 を実感した知人がいる。


今朝、聞いた話題の一つを紹介する。

昨日、さいたま市内の某病院に行ったときのことだと言う。


病院の待合室にいたところ、偶々、見覚えのある老婦人が、

ご子息さんと一緒にごく傍にいたので、

○○おばあちゃん、今日はどうかしたのですか?・・・と、

元気づけようと声をかけたそうである。


すると突然に息子さんに、プライバシーのことは聞くな!

・・・と叱られたという。

ごく当たり前の挨拶の積もりで声をかけた知人は唖然として、

申し訳ございませんと、何遍か謝ったと言うのだ。


プライバシーに関することには違いないのだが、

心配してくれる人の気持ちを察する余裕もないのか。

そんなギスギスとした社会になってしまったのだろうか?


競争を煽られ、勝ち組負け組と格差を強いられて、

このように極度に個人主義を貫いた、行き着く先は、

周りの誰も信じられない無味乾燥な社会になってしまうに違いない。


既に高齢化社会が到来している現在、

認知症などを患わなくとも、

現実に記憶が遠退いている人が増えている。


その人たちの会話は、

何度も同じ話が繰り返されるので、それとわかる。

このようなことを家族は毎日経験している。

それゆえ相当に疲労困憊しているはずである。

毎日のことで精神的にストレスが溜まっていたに違いないのだ。


それが禍して、偶々、声をかけてくれた人に、

辛くあたってしまったのではあるまいか。


しかし、このように突然に罵声を浴びせられた知人も驚いたに違いない。

そして即座に口答えなどできなかったと思うのだ。

口答えなどしようものなら、ますますエスカレートして、

収拾が付かなくなるのが見えているからだ。


このように声をかけたために、怖い想いを経験すると、

今後は、トラウマとなって、声が掛けづらいことになりはしないか?

十人十色とは、よく言ったもので、

良い思いをすることもあれば、このような酷い仕打ちに遭うこともある。

コワバラ コワバラ である。


それでも顔見知りに会えば、

一言二言、声をかけるのが人情というものである。


若しかしたら、

高齢化社会=ギスギスした社会・・・なのかもしれない。














この記事へのコメント

こころ
2013年08月09日 17:52
驚かれた事でしょうね。
そもそも、病院にいるということは、何らかの病気だから来ている、又はいるのでしょうけど。

知ってる方だから、何気にお声かけされたのだと思いますが、逆に会釈だけでり過ぎたり、知らなかった事見なかった事にして通ば又、それはそれで言無視したとわれたのかも知れませんね。
個人情報保護法なるものが出来てからは特に悪、い面が多いようにも感じます。
個人情報保護法は建て前で、実際には政府などは把握してるくせに今更とも思います。
表面上はプライバシー保護のように謳ってますが、国民に鼻輪を括り付け一人一人に番号まで付けてる予定ですから、税金をちゃんと払ってるか!おらー!と監視するための序章で出来たのだと思います。
それもアメリカの意向と透けて見えます。
要するに、ふんだくる為の取っ掛かりが個人情報保護法で、第2段階が国民番号制度なんだと思います。
そのような思惑も知らない方なら、プライバシープライバシー…と言い放ち、都合解釈の言葉として驚くような返答を返されたのかも知れません。
私は、会釈して一旦は立ち止まると思いますが、相手から何か話さなければ、きっとどうされました?とは聞かないかも知れません。
病気にも依るでしょうし、知り合い度の親密さでも対応は変わると思います。
私も聞かれたくない方ですが、突っ慳貪な態度はしません。
話せる範囲で話せば済むことと思います。
そのプライバシー男?は特別なのでは?と思います。
大人の対応として失格ではないでしょうか。
今の日本の現状であれば、悲しいかな、そんな人もいて不思議ではないのでしょうか?(もしかしてその方は日本人じゃない気質とか)
ホント、ギスギスですね。
ギスギスにだけはならないようにしたいですね。

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