小沢一郎 無罪!!

一寸さきは光である!(今日の言葉より)


昨日の東京高裁前は雨にも拘わらず、午前10時前には、

小沢裁判の控訴審判決で無罪判決を信じる支持者が集まった。

どの顔も見慣れた顔顔顔である。

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午前10時30分に開廷されるのが待ち遠しかった。

小沢一郎を総理に!

これ以上の冤罪を作ってはならない!

正義の砦であるべき裁判所は正義を貫いてもらいたい。

それを国民は願っているのだ!


デタラメな判決は許さないぞ!

小沢一郎は無罪だ!

・・・と声を限りに訴えた。


裁判官が法と証拠に基づいた判決を出すことを信じている。

国民は裁判所が正しい判断をすることを望んでいるのだ。


そしてまた一時を置いて繰り返す、

シュプレヒコール!

デタラメな判決は許さないぞ!

小沢一郎は無罪だ!


と口々に、100人近くの人が繰り返した。


そして坦々と、これまでの裁判を時間軸に基づいて、

説明するように裁判所に向かって、

訴える支持者の言葉に同調していた。


その効果があってか否か?

10時を過ぎると間もなく無罪!

・・・ということが何処からともなく知らされた。


皆、涙ながらに良かった!

良かった!・・・と喜び合った。


検察が二度も不起訴にした。

つまり立件できなかった事案を、検察審査会という不可思議な組織を使って、

無理筋に起訴した明らかにでっち上げの裁判だから、

当然の結果である!

しかし、このようなイカサマな裁判に3年も要して、

おまけに膨大なカネを消費して、

国民のための政治を阻止したまま、

誰一人責任を取る者がいない社会は、全く民主社会ではない。


集団的独裁という無責任社会になっているようだ。

これまでの報道を検証して、

検察リーク、検察審査会の議決があったかなかったか等を検証して、

問題点を洗い出してほしい。

そのような第三者機関を作るべきではなかろうか?


既得権益層の体制維持だけを目的に、

政治謀略事件をこのまま終わらせてはならない。

真の民主的社会を築くためにも検証機関を即時作るべきではないか。




一夜開けて、本日届いた言葉を転載します。

希望を失わないでいることの大切さを教えてくれる。

つい忙しさにかまけて忘れやすい言葉となってはいまいか?

また諦めてはいないだろうか?


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今日の言葉  2012年11月13日(火)
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 全く「一寸さきは光」である。

 これは
「念じていたら花がひらきました」
 という人と
「念じていても花は一向にひらきません」
 という人と同じで、
 一寸さきは闇という人にはいつも闇がくっついて歩き、
 一寸先は光という人には必ず光が射してくるのである。

 これは理屈ではない、
 信念信仰なのである。  

 『坂村真民一日一言』より(致知出版社刊)  

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この記事へのコメント

こころ
2012年11月13日 15:12
こんにちは。
昨日、ラジオ文化放送でその時の様子を聴いておりました。
当然とは言え良かったです。
今後、これで終わりじゃなく、関わった人や煽動や加担したものまでを明かさなければ、本当の終わりではないと思います。(マスコミ等、魂を売った悪人が国内外に相当数)
昨日も、大手マスメは中継報道さえせず、何か不都合なんでしょうね、ニュースもそそくさとのイメージでした。
でも、小沢冤罪事件で、今回は多くの国民が気づき始めたと思える声が聞こえてます。
恥ずかしく情けないマスコミは、どのような責任を取るのでしょうか。
このまま無視を続け、知らぬ存ぜぬで押し通すのでしょうか。(憤り)
謝罪すら出来ないマスコミは、身内にお子さんがいらっしゃる方々は特に、どのような姿勢を見せてるのでしょうか。
(長文と多少語気が強い事をお許し下さい。)

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