審査員は一般市民ではなかった!? 

一市民が斬る!!様ブログが検察審査会の疑惑を見事に推理している。

審査員は一般市民ではない! 
検察審査会事務局が議決同意のために動員した偽審査員ではないか?
http://civilopinions.main.jp/2011/10/1020.html

審査員は一般市民ではなかった!・・・と指摘する。 


一市民の管理人様が検察リークを元に、

マスコミが垂れ流した情報を精査した結果から、

当然に疑われる問題点を整理した結果、浮かび上がらせたものである。


前半を貼り付ける。


(貼り付け)
国家権力は、検察審査会で小沢氏を起訴することを初めから決めていた
検察審査会の審議情報は非公開となっている。
検察審査会はブラックボックスだ。
その闇の中で何でもできるようだ。

西松事件で大久保氏が起訴された直後の2009年6月に、
検察審査会法が改正された。

その法改正により、検察審査会は、
審査会での2度の議決で、強制起訴ができる強権を付与された。
国家権力(麻生政権、官僚、検察)は、

この検察審査会というブラックボックスの中で、
検察審査会事務局にインチキをさせ、
小沢氏を起訴しようと最初から画策したようだ。

2010年2月1日、東京地検特捜部吉田正喜副部長が
「小沢はここで不起訴になっても、
検察審査会で裁かれる可能性が高い。

その議決は参議院選挙前に出るでしょう。
そんなことになって良いのでしょうか」と取り調べ中の石川知裕議員に語った。
この発言はその疑惑を裏付けるものだ。
(以下、略)

(貼り付け終わり)


先の小沢一郎氏の元秘書3人に有罪判決を下した、

登石裁判長の言う「推認に推認を重ねた結果・・・」とは違うのだ。


登石裁判長は証拠と法律に基づいて捜査すべき立場にあるが、

ヒラメ裁判官という出世しか頭にないため、

受け持ったミッションが有罪判決を出すことだったと観ることも出来る。


人を裁く最後の砦であるはずの裁判所には、

人権を守る秤は無いらしい。

政治事件では現体制に楯突く者は、

総て有罪判決で政界から追放してしまうのだろうか。

それが検察、裁判所の正義なのだろうか。

これでは余りにも国民の常識とかけ離れている。


法律の専門家であるべき裁判官が証拠に基づかず、

法律をも無視して有罪判決を下し逃げてしまうのでは、お話にならない。

これに立法府の議員達が挙って抗議して当然なことではあるまいか。


ヒラメ裁判官を生んでしまった原因が、

裁判官の人事権を掌握する最高裁事務総局にあるという。

その裁判所と検察所が判検交流と称して、

それぞれ相互に出向し合い情報交換と人事交流をしているというのだ。

これでは司法の独立は守れない。


裁判官と検察は全く立場が違っているものなのに、

それを自ら混同させるように交流させている。

憲法違反を平然としていたことになる。


このようないい加減な司法当局に判決を任せることは出来ない!

そのように10月6日の公判で、

小沢一郎氏は冒頭陳述で強調したのではあるまいか。


民主主義の最低のルールである人権を守ることと、

そして三権分立が確立されていること。

これらは公務員は守らねばならないはずなのだ。


それをやらずに逆らう者は徹底的に追い落とす。

裁判所を舞台にした小沢一郎氏を巡る裁判は、

その典型的な例なのである。

小沢一郎氏は起訴されるような国会議員ではない。


国民の期待に応える「真の改革者」なる小沢氏に恐れを抱いた、

既得権益層の一角を占める官僚たちの集合的無意識の必死の抵抗なのだ。


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