裁判官は「法と証拠」に基づいた判決を!

「偉人たちの一日一言」より、

メルマガで今日の言葉が毎日、届いている。


その中の最近の言葉を幾つか転載する。

このような今日の言葉を噛みしめてみるとよいのではないか。


(転載)
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今日の言葉  2012年11月1日(木)
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子曰(のたま)わく、
人能(よ)く道を弘(ひろ)む。
道、人を弘むるに非ず。

【訳】
先師が言われた。
「人が道を広めるのであって、
道が人を広めるのではない」

『論語一日一言』より(致知出版社刊)  


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今日の言葉  2012年11月2日(金)
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つきつめて
ものを思えば
みなかなし

されど
このかなしさのなかにこそ
花も咲くなれ
匂うなれ
人の心も通うなれ

『坂村真民一日一言』より(致知出版社刊) 


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今日の言葉  2012年11月3日(土)
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日本史を通観する時、
天皇は民族の「虚」中心といってよい。

だがそれは生身としてではなく
「位格」としてである。
随(したが)って
それが「実」中心となった時代は比較的短く、
かつ実効を伴わなかった。

そしてそれが顕著に功績を挙げたのは、
上古を除けば、
近世ではほとんど明治期だけといってよい。

それは、明治期は我らの民族が封建体制を脱して、
近代国家として世界に門戸(もんこ)を開くという
異常な時代だったが故であろう。

『森信三一日一語』より(致知出版社刊)  


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今日の言葉  2012年11月4日(日)
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85歳のおばあちゃんが、
小さいぬい目で
ていねいにぬったぞうきん50枚。
 
誠実さ、ていねいさ、根気強さ、
不言実行の精神、土の匂い、明治の魂(たましい)、
そんなものが、見ていると迫ってくる。

おばあちゃんの作ったぞうきんと
手紙とを額にはめて、
「手間を省くな」
「手を抜くな」
「日本は、こういう名もなき国民によって守られ
受け継がれてきたのだぞ」
と叱(しか)ってもらっている。

『東井義雄一日一言』より(致知出版社刊)  


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今日の言葉  2012年11月5日(月)
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M子さんへ

くるしみのなかから
うまれたよろこび

それがほんとうの
よろこびです

『坂村真民一日一言』より(致知出版社刊) 


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今日の言葉  2012年11月6日(火)
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平時直諫(ちょっかん)なくんば、
戦に臨みて先登なし。

【訳】
日ごろ、(殿を)
直接諫(いさ)めるということができなければ、
戦の際に、真っ先を駆けて、
敵陣に斬り込むことなどできない。

『吉田松陰一日一言』より(致知出版社刊)  



「今日の言葉」を読み感銘するときもあり、

また理解に苦しむときもあるが、これは至極普通のことである。

個々人の心の有りようで受け取り方も変わる。

我を貫いて良い時もあれば、我を押さえて時を待つほうが良い時もある。


今、「国民の生活が第一」を実現しようとする、

稀有な政治家 小沢一郎氏を国家体制をもって、

襲い掛かり有りもしない犯罪をでっち上げ、法廷に引きづり出してしまった。


冤罪は犯罪者に降りかかるものではない。

至極まっとうな人間にこそ、降りかかるのである。

その真っ当な人間が既得権益層にとって邪魔な存在だと思われた時点で、

確実に狙われるのではあるまいか?


このことは一般には、

現実に犯罪が起こった後でなければ捜査もされないことでわかる。

これに対して、まともな人間が狙われるのは簡単なことである。

狙うべき人の所在も知れているし、

既得権益層の思惑が読まれている場合だからである。

こうして、まともな人間が冤罪で逮捕されたり、拘留されたりするのだ。


最近、DNA鑑定で裁判のやり直しをするニュースも多くなっている。

9人の犯罪者を逃そうとも「ひとりの無辜の民」を救いたいと裁判官は、

日々、努力しているのだと信じたいけれども、

現実には最高裁事務総局の人事権に振り回されて、

ヒラメ裁判官と揶揄される裁判官も存在すると言われている。


裁判官は法と証拠に基づいた判決を下せる・・・建前になっている。

この建前通りで判決を下すと裁判官は、

後日左遷という憂き目をみる(?)とも言われている。


そのためかどうかはわからないが、

国が告発人の場合には殆んど有罪となっているし、

国が被告人の場合は殆んどが公訴棄却となっているのである。


このような国家は諸外国でも珍しいと言われている。

もしかしたら日本の国家エリートには、人権意識が薄いのかも。


それとも悪代官の組織が受け継がれて来たのだろうか?

















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この記事へのコメント

さとし君
2012年11月07日 02:28
記事のタイトルに賛成です。
帝銀事件、狭山差別裁判。。など冤罪をなくすことがやっと国民総員のテーマになりました。判決は証拠と法に基づいたものに法曹界だけでなく乗り越えませんと、日本の骨格が崩壊します。戦後一貫して改革しようとしてきたことを継続し、法組織の真なる独立を達成させたいですね。

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