奉納 ささら獅子舞

晴天に恵まれた秋日和の今日、

地元の神社に奉納する獅子舞がある。

奉納 ささら獅子舞は昨日と今日の二日間に行われる。

昨晩7時~は宵祭りがあり、そこでは9時近くまで一庭あったのだが、

都合がつかず観ることは出来なかった。


そこで明くる今日、村内にある東高野山という山号を掲げる、

寺境内で奉納される ささら獅子舞 を観ることにしたのだ。

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午前10時に寺へ着くと既に関係者の役員さんたちが、

会場となる庭を整えを済まして、

花笠と獅子及びササラ担当の子供たちを待っていた。


このような場があると幼馴染みにも会える。

小学や中学時代の仲間が、既に50年も過ぎているにも関わらず、

自然な感覚で溶け込めるのだ。

そして何時もながらのバカげた話で一時を過ごす。

これも懇親を深めるコツである。


時代がどんなに変化しても、

人々の感覚の深いところには必ず幼馴染がいる。

なんという思考回路があるのだろう。

何という不思議なことなのか。


これぞ「国民の生活が第一」の主眼とするところではあるまいか。

個人が自立する。

そして地域が自立する。

そして国が自立する。

それと同時に共生が始まる。

国家主体を超えて、地域が国家を支え、国家が個人を支える。


そうなってほしいと描いた旧政権が長らく続いた結果、

不公平な不公正な社会になってしまった。

それを公平公正な社会に作り直そうとすることは、

正しいことである。


現民主党が政権交代の原点を忘れて、

旧政権以上にデタラメ政治を演じているのは許せないことである。

こんなはずではなかったという想いの国民が殆んどではないか?


そのようなバカげた政治はさて置いても、

地域では伝統を並々と維持し続けている。

そこに参加し演じる人たちの想いを政権与党の議員たちは、

如何見ているのだろうか?


総てを経済的合理性でつまりカネだけで括れるはずはない。

政権与党が実施すべきことは、GDPが如何のこうのと言う前に、

国民が活き活きと働ける場を作れるようにすることである。


東日本復興予算を既得権益層とシロアリ軍団に横取りされてることが、

ニュースとなって流れたが、指導力の無さを暴露されたことではないのか?

このまま任期満了まで野田政権が続けるのは国益を損じるばかりだ。

さっさとお引き取り願いたいもらいたいものである。









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