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zoom RSS 政治家が幼稚であれば官僚に好都合だ!

<<   作成日時 : 2010/09/10 09:15   >>

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『政治とカネ』を叫ぶのは民主党代表選挙で稀有な政治家である、 

小沢一郎を総理にさせたくない守旧派の妨害工作である。


民主党国会議員の、特に一年生議員には是非、読んでもらいたい記事がある。


THE JOURNAL の田中良紹氏の記事、

「あぶりだされるこの国の姿」のことだ。
http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2010/09/post_232.html

『政治とカネ』というフレーズは国民の嫉妬心を煽る。

そのようにマスコミが偏向報道をする。

官僚支配を続けるために官・民(マスゴミ)一体となって洗脳している。

マスゴミは官僚支配のツールなのだ。


田中氏は言う。

「政治家が幼稚であれば官僚に好都合だ」と。

この意味を知っても、まだ菅を担ぐのか。

それを支持者に聴いてみたいものだ。


『政治とカネ』が本当に悪だと思うなら、

国家予算も作らないほうがよいのではないか。

予算とは「カネ」付けなのだから、

国会議員も自腹で働き報酬を受け取らないほうがよい。

そうすれば本当に奇特な綺麗な議員でいられる。

飢え死にするまでは、生きていられるではないか。


「カネ」が汚いと言う人は、「カネ」にしか目が行き届かない、

人に眼を向けられない人だと思うのだ。

私利私欲で政治を行なうことが嫌われるのである。

政治家が『政治とカネ』で惑わされている間は、

とても政治主導など実現できないのではないか。


政策で勝負する二大政党を作ろうと努力しても、

このように『政治とカネ』で迷っているような議員には作れるはずもない。

是非、田中氏の記事を読んでも菅を支持するなら、もう何も言えない。

ただ、それでも議員ですか?と思うだけだ。



(全文転載)

あぶりだされるこの国の姿

 民主党代表選挙によってこの国の姿があぶりだされている。「官僚支配」を続けさせようとする勢力と「国民主権」を打ちたてようとする勢力とがはっきりしてきた。

 アメリカは日本を「異質な国」と見ている。「異質な国」とは「自由主義経済でも民主主義でもない国」という意味である。ある知日家は「日本は、キューバ、北朝鮮と並ぶ地上に残された三つの社会主義国の一つ」と言った。またある知日家は「日本の司法とメディアは官僚の奴隷である。そういう国を民主主義とは言わない」と言った。

 言われた時には反発を感じた。「ロシアと中国の方が異質では」と反論したがその人は首を横に振るだけだった。よくよく自らの国を点検してみると言われる通りかもしれない。何しろ百年以上も官僚が国家経営の中心にいる国である。財界も政界もそれに従属させられてきた。「官僚支配」が国民生活の隅々にまで行き渡り、国民にはそれが当たり前になっていておかしさを感じない。

 北朝鮮には顔の見える独裁者がいるが、日本には顔の見えない「空気」がある。「空気」に逆らうと排斥され、みんなで同じ事をやらないといけなくなる。その「空気」を追及していくと長い歴史の「官僚支配」に辿り着く。それが戦後は「民主主義」の衣をまとった。メディアは「官僚支配」を「民主主義」と国民に信じ込ませてきた。

 確かに複数の政党があり、普通選挙が行なわれ、国民の意思が政治に反映される仕組みがある。しかし仕組みはあっても国民の意思で権力を生み出す事が出来ない。どんなに選挙をやっても自民党だけが政権につくカラクリがあった。社会党が選挙で過半数の候補者を立てないからである。つまり政権交代をさせないようにしてきたのは社会党であった。表で自民党、裏では社会党が協力して官僚は思い通りの国家経営を行ってきた。

 民主主義とは与党と野党が権力闘争をする事である。そうすれば国民が権力闘争に参加する事が出来る。選挙によって権力を生み出すことが出来る。ある時はAという政党に権力を与え、次にBという政党に権力を与える。AとBは権力を得るために切磋琢磨する。それが官僚にとっては最も困る。異なる二つの政策の政党を両方操る事は出来ないからだ。それが昨年初めて政権交代した。

 官僚の反撃が始まる。政権与党に分裂の楔を打ち込む工作である。一つは「政治とカネ」の攻撃で、もう一つは野党に昨年の選挙のマニフェストを批判させる事で民主党の分裂を誘った。最大の攻撃対象は小沢一郎氏である。それさえ排除できれば、民主党も自民党も手のひらに乗せる事が出来る。小沢なき民主党は自民党と変わらなくなる。それが官僚の考えである。案の定、昨年の民主党マニフェストが批判されると菅総理は自民党と似たような事を言い始めた。

 従って民主党代表選挙は「政策論争」の選挙になる筈だった。積極財政を主張する小沢氏と緊縮路線の菅氏の政策競争である。小沢氏は政策を掲げて路線も明確にした。ところが菅氏が路線を明確にしない。「一に雇用、二に雇用、三に雇用」と経済政策としては全く意味不明の事を言いだし、次いで「政治とカネ」を争点にした。

 積極財政と緊縮財政は、かつて自民党内の党人派と官僚出身者がそれぞれ主張した事から、「政治主導」か「官僚主導」かに分類する事は出来る。また総理就任以来の菅総理の言動は財務省官僚のシナリオで、かつての竹下元総理と同じである。大蔵省の言う通りの政権運営をした竹下氏を金丸氏や小沢氏が批判して経世会は分裂した。

 それだけ見ても小沢VS菅の争いは「政治主導」と「官僚主導」の戦いだが、菅氏が「政治とカネ」を持ち出した事でさらにその意味が倍加された。「政治とカネ」はロッキード事件以来、検察という行政権力が政界実力者に対して犯罪とも思えない事案をほじくり出し、それをメディアに騒がせて国民の怒りを煽り、無理やり事件にした一連の出来事である。

 小沢氏の疑惑も何が事件なのか元司法担当記者である私にはさっぱり分からない。騒いでいるのは検察の手先となっている記者だけだ。メディアは勝手に小沢氏を「クロ」と断定し、勝手に「政界追放」を想定し、勝手に「総理になる筈がない」と決め付けた。小沢氏が代表選に立候補すると、自分の見立てが外れて慌てたのか、「あいた口がふさがらない」と相手のせいにした。無能なくせに間違いを認めないメディアのいつものやり口である。

 メディアはこれから必死で小沢氏が総理にならないよう頑張るだろう。世論調査をでっち上げ、選挙の見通しをでっち上げ、足を引っ張る材料を探し回る。世論調査がでっち上げでないと言うなら、いくらの費用で、誰に調査させ、電話をした時間帯、質問の順序、会話の内容などを全て明らかにしてもらいたい。街頭インタビューと同様、あらかじめ決めた結論に沿ったデータを作る事などメディアにとっては朝飯前だ。

 メディアが頑張れば頑張るほどメディアの実像が国民に見えてくる。メディアは今自分があぶりだされている事に気づいていない。自らの墓穴を掘っている事にも気づいていない。

 「政治とカネ」が裁判になると「事実上は無罪だが有罪」という訳の分からない判決になる事が多い。しかし政治家は逮捕される前からメディアによって「クロ」にされ、長期の裁判が終る頃に「事実上の無罪」になっても意味がない。アメリカの知日家が言う通り、この国の司法は民主主義国の司法とは異なるのである。

 それを裏付けるように最高裁判所が9月8日、鈴木宗男氏に「上告棄却」を言い渡した。民主党代表戦挙の1週間前、北海道5区補欠選挙の1ヵ月半前である。多くの人が言うように一つは小沢氏を不利にする効果があり、もう一つは自民党の町村信孝氏を有利にする効果がある。最高裁の判決は二つの政治的効果を狙ったと疑われても仕方がない。疑われたくなければ10月末に判決を出しても良かったのではないか。

 北海道5区の補欠選挙への鈴木氏の影響力は大きいと言われる。自民党最大派閥の領袖が民主新人に敗れるような事になれば町村派は消滅する。官僚にとって都合の良い自民党が痛手を受ける。だからその前に判決を出した。民主党代表選挙に関して言えば、その日開かれた菅陣営の会合でいみじくも江田五月氏が言及した。「だから菅さんを総理にしよう」と発言した。最高裁判決は菅氏を応援しているのである。
 
 司法もまたその実像を国民の前にさらしている。行政権力に従属する司法が民主主義の司法なのか、国民はよくよく考えた方が良い。それを変えるためには国民の代表が集う国権の最高機関で議論してもらうしかない。

 江田氏が最高裁判決に言及した菅陣営の会合での馬渕澄夫議員の発言にも驚いた。「民主主義は数ではなく、オープンな議論だ」と言ったのである。すると民主党議員の間から拍手が巻き起こった。申し訳ないが民主主義を全く分かっていない。重大な事案をオープンな場で議論する国など世界中ない。どんな民主主義国でも議会には「秘密会」があり、肝心な話は密室で行なわれる。

 日本の国会が異常なのは「秘密会」がない事だ。重大な話は官僚が決め、政治家に知らされていないので「秘密会」の必要がない。オープンな場で議論できることは勿論オープンで良いが、それだけで政治など出来る訳がない。「オープンな議論」を強調する議員は「官僚支配」を認めている話になる。政治主導を本当にやるのなら、「オープンな議論」などという子供だましをあまり強調しないほうが良い。

 民主主義は数である。国民の一票が大事な制度だからである。それをおろそかにする思想から民主主義は生まれない。政策を決めるにも一票が足りずに否決される事を考えれば、数がどれほど大事かが分かる。それに加えてアメリカでは「カネ」が重視される。「カネ」を集める能力のない人間は政治家になれない。

 菅陣営にはそういうことを理解する人が少ないようだ。この前の国会でも「オバマ大統領は個人献金でヒモ付きでないから、金融規制法案も提案できるし、核廃絶を言う事も出来る。企業の献金を貰っていたらそうはならない」と発言した民主党議員がいて、菅総理がそれに同調していた。

 とんでもない大嘘である。オバマに対する個人献金は全体の四分の一程度で、ほとんどはウォール街の金融機関からの企業献金である。企業から献金を受ければ政治家は企業の利益のためにしか働かないというのは下衆の考えで、献金を受けても政策はそれと関係なく実行するのが政治家である。核削減も平和のためと言うより米ロの交渉に中国を加えたいのがオバマの真意だと私は思うが、とにかく献金を受けるのが悪で貰わないのが善という驚くほど幼稚な議論をこの国は続けている。

 政治家が幼稚であれば官僚には好都合である。このように民主党代表選挙は図らずもこの国の様々な分野の実像を見せてくれる契機になった。そして改めて対立軸は「官僚支配」を続けさせる勢力と、昨年の選挙で初めて国民が実感した「国民主権」を守る勢力との戦いである事を認識させてくれる。


投稿者: 田中良紹 日時: 2010年9月 9日 18:24







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内 容 ニックネーム/日時
こんばんは〜。武士は食わねどたか楊枝。。という時代とも違う、近代国家100年の国家像があぶりだされたブログですねー。
1000兆の負債国家に陥っても、自己が食え、従って官僚の特権が護持されると想いますと、寒気がいたします。
市場の原理にまかせる新自由主義社会にあって、企業リーダーは株主責任で心労の毎日です。円高で工場を外国にせざるを得ない企業リーダー。志あるも、国政選挙に当選は「大きな賭け」です。政治家は当選以降も活動資金に苦労します。そんなこと全然おかまいなしの国家理想像なき官僚達。。理想像がなければ豚です。政治家も国民も目覚める必要がありますね。
さとし君
2010/09/11 01:34

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